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「大丈夫」のリアルさはどれくらい?【森博嗣】新連載「道草の道標」第5回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第5回

 

【大丈夫というデジタルな評価】

 

 熟練の技術者かどうかはともかく、事象の不確定性や統計の考え方を知っている人ならば、「絶対に」という言葉は使いにくい。「1+1は絶対に2だ」といえても、「人類は数年では絶対に絶滅しない」とはいいきれない。地震に対して絶対に安全な建築は実現できないし、絶対に安全な原子力発電もない。もちろん、火力発電でも水力発電でも太陽光発電でも絶対に安全なものはない。「絶対」というのはそういう言葉だ、と少なくとも理系の人間は理解している。つまり、「絶対」という言葉を使う場面はほぼない。

 「安全」も「大丈夫」も、もともと絶対ではなく、まあまあの確率で思いどおりになることが予測できる、という意味であり、安全や大丈夫な状態を目指して頑張る、との意気込みを表した表現なのだろう、と理解する程度か。

 それでも、言葉に頼る人々は多い。特に、社会の上層にいる人にこれが顕著だ。たぶん、言葉に頼って自分の立場を築いてきたし、言葉によって攻撃や防御をしてきた人たちなのだろう。言葉を使った議論によって真実に辿り着けると信じているし、言葉によって人々の絆が作られると考えているのだろう。彼らは、「気持ち」というものも言葉にするし、「正直」や「誠実」や「率直」なども、言葉によって伝えられると思っているようだ。

 だが、そうではないものが存在する。たとえば、技術は言葉からは生まれない。技術は、数字によって作られる。科学も、言葉からは生まれない。科学は、観察と実証(画像や動画)によって、あるいは数式によって作られる。そこにはむしろ、言葉の曖昧さを排除する姿勢がある。もちろん、数字も言葉の一種だ。たとえば、2cmの物体を精確に作ることはできない。必ず、誤差が生じる。だから、1.997〜2.003cmのものを作る。作ったものが、この範囲に入る確率を高めることが技術といえる。

 一方で、文系の人たちはデジタルである。たとえば、お金はデジタルだから、1円の単位まで正確に測ることができ、この金額は現実に存在するものとなる。デジタルだから、2つの数字を比べて、「同じだ」と判断ができる。スポーツのスコアもデジタルだから、同点があり、勝敗を決めることができる。これが経済、あるいは社会の常識だと彼らは考えているけれど、実は、デジタル化されたルール上に成立していることを忘れてはいけない。彼らの世界では、「絶対」があたかも存在するかのように見える。過去の事象の評価には、真実が表れるかもしれないけれど、未来に対しては、やや心許なくなるだろう。何故なら、そこにはランダムでアナログの実体が介在するからだ。

 以上のように、技術は基本的にアナログであり、これを社会や経済などの分野に適用する段階でデジタル化される。事象が言語化されるのと同じである。多くの文系の人たちがデジタルに親しむのは、何事も割り切りたい、同じか違うかをはっきりと判別したい、言葉どおりの世界であってほしい、といった願望が根底にあるのだろう。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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